レーティングを意識するほど弱くなる? チェスの挑戦回避心理
「チェスにおいてレーティングを失うことへの恐怖は、プレイヤーを安全な指し手にかたよらせて複雑な局面への挑戦を避けさせるのではないか?」
海外掲示板のRedditにそんな主張が投稿されていたのを私は偶然見つけました。
学習心理学では、「能力を伸ばすこと」より「能力が低いと思われないこと」を重視する。……と、難しい課題を避けやすくなることが示されています。また、プロ棋士や他の競技者を対象にした研究でも、時間、順位、プレッシャーによってリスクの取り方や成績が変わることが確認されています。
ただし、レーティング表示がチェス初心者の上達を遅らせると直接証明されたわけではありません。安全な手自体が悪いのでもありません。重要なのは、盤面を読んで安全な手を選んだのか、それとも点数を失う恐怖から可能性のある手を捨てたのかという違いです。
Beginners here, Elo is a myth
(初心者にとってEloレーティングは神話のようなものと言うような意味)
https://www.reddit.com/r/Chesscom/comments/1uq2660/beginners_here_elo_is_a_myth/
気になった経緯
チェスのオンラインプレイで有名な対戦サーバーと言えば、営利企業が運営して課金要素のある最大手chess.comと、有志が理想の完全無料チェス対戦サーバーを作ることを目標に立ち上げ寄付金やグッズ販売で運営されているlichess.orgの2つが頭一つ抜けて有名です。
その片方のlichessプレイヤーのレーティング分布を見てみましょう。

https://lichess.org/stat/rating/distribution/blitz
1800や2000など100区切りのキリのいい数字のところでトゲのように人数が多くとがった部分がありませんか?
これは、おそらくレーティングのキリのいい数字を目標設定してプレイして目標達成したからここで終っておこうというような心理が働いて、一時放置している人がそれなりにいるからではないでしょうか?
つまり、自身のレーティングの状況次第でプレイ中の心理状態が変わるのではないか?と私は思ったわけです。気になりません?
元の掲示板ではどんな主張をしてる?
Redditのチェス掲示板に、「初心者へ、Eloは神話だ」という少々強めの言葉な題名の投稿がありました。
投稿者が問題にしているのは、イロ(Elo)レーティングが実力の指標として役に立たないということではありません。レーティングの増減に執着するあまりプレイヤーが本来なら試す価値のある手まで避けてしまうことです。
投稿では次のような場面が例に挙げられています。
一つは、互角を保ちやすい安全な手。もう一つは、局面が複雑になるものの有望な攻撃を続けられる手。この二つが候補にあるときイロレーティングを失うことへの恐怖が強い人は、安全な方ばかり選ぶようになるのではないか?というのです。
その結果、鋭いアイデアや多くの計算を必要とする局面を避け、短期的にはレーティングを守れても長期的には学習機会を失う可能性がある。と投稿者は主張しています。
もちろん、危険な手を指せば必ず勉強になるわけでも、安全な手が悪いわけでもありません。ここで問題にされているのは、局面の要求に従って安全な手を選ぶことではなく「点数を失うのが怖い」という理由だけで有望な手を検討しなくなることです。
関連しそうな事実や研究
参考文献として最後にまとめて参考にした研究のタイトルを載せています。
「上達したい」と「失敗したくない」では選ぶ課題が変わる
この話題と特に近そうなのが、Elaine ElliottとCarol Dweckが1988年に発表した、目標と学習行動に関する研究だと思われます。
研究では、大きく分けて二種類の目標が扱われました。
一つ目は、自分の能力を伸ばすことを重視する「学習目標」。二つ目は、能力が高いと評価されること、あるいは能力が低いと見られないことを重視する「成績目標」です。
実験では学習目標を持つ人は難しい課題を選び、失敗した後も学習を続けやすい傾向を示しました。一方、成績や評価を重視する条件では、能力に自信がない人ほど難しい課題を避けやすくなりました。また、自信がある場合でも、一部のリスクを回避する傾向が確認されました。
チェスだけに絞った研究ではなく、普遍的な学習と成績に関する研究ですが「上達すること」よりも「現在の実力を悪く評価されないこと」を優先すると、挑戦を避けやすくなる可能性を示したような研究です。
チェスのプロでも状況次第でリスクの取り方が変わる
2025年のCarowとWitzigの研究では、2013~2023年のFIDE(国際チェス連盟) ワールドカップの棋譜を対象として、時間的プレッシャーと戦略的リスクの関係が分析されました。
研究者たちは機械学習を利用し、それぞれの指し手がどの程度の戦略的リスクを持つかを推定しました。その結果、残り時間が少なくなるほどチェスマスターはリスクの低い指し手を選ぶ傾向が見られました。特に劣勢の局面で、その傾向が強かったと報告されています。
一方、ミスをした直後や劣勢になった後には逆にリスクの高い手を選ぶ傾向も観察されました。
つまり、非常に強いチェスマスターであっても指し手は盤上の客観的評価だけで決まるわけではありません。残り時間や現在の優劣、何かを失いそうな感覚によってもリスクの取り方が変化する可能性があります。
順位の意識だけでもリスク選択と成績が変わる
GenakosとPaglieroは2012年の研究で、賞金を争うプロプレイヤーの途中順位とその後のリスク選択および成績の関係を調べました。
結果は単純な「順位を見せると慎重になる」というものではありませんでした。首位の少し後ろにいる競技者はリスクを増やす一方、首位に近い競技者は成績を上げる動機が強いにもかかわらず、かえって本来の力を発揮できない傾向が見られました。
途中順位とレーティングは同じものではありません。しかし、どちらも「自分が集団のどこに位置しているか」を数字で意識させます。たとえば「あと8点で1000」や「ここで負けると最高レートから転落する」といった状況では、同じ盤面でも心理的な意味が変わる可能性があります。
(これは最初のキリのいいレーティングで止める人が多い可能性と親和性が高そうな研究ですね)
プレッシャーは努力を増やしても成績を下げることがある
Sharpeらが2023年に行ったeスポーツ競技者の実験では、高いプレッシャーを与えられた参加者は低プレッシャー条件に比べて不安を強く感じ、状況を「挑戦」より「脅威」として受け止めるようになりました。
さらに、参加者はより大きな努力をしたにもかかわらず、視線行動と実際の成績が悪化しました。この影響は、プロレベルの競技者よりその少しだけ下レベルの強豪競技者で強く現れていたようです。
競技内容はチェスではなくeスポーツですが、「失敗してはいけない」と強く思うことが集中や努力を増やすだけでなく、判断や技能の発揮を妨げる場合があることを示しています。
これは古典的なBaumeisterの1984年の実験でもカバーされているような内容であり、競争、報酬、観客などによって「成功することの重要性」を高めると身についた技能が悪化する場合がある、つまり実力が発揮されないケースがある事が確認されました。
普段ならほとんど意識せずに自動的に行っている動きを、失敗してはいけないと過剰に自分自身で監視してしまうことで、かえって失敗しやすくなるという仕組みです。
元の主張と研究はどう関連する?
Reddit投稿とこれらの研究を結びつけると、次のような心理的な流れが考えられそうです。
まず、レーティングが大会で使われるような単なる対局相手を決めるための指標ではなく「自分の能力を証明する数字」と言う意味が大きくなります。すると対局の目的においてチェスでの学びを得る事の価値が小さくなり、自分への客観的評価を維持する事の価値が大きくなってしまうのです。
評価を失うことが怖くなると、プレイヤーは未知の展開や複雑な局面を、面白い展開だなと思うこともなく学習機会などどうでもよくなり、失点の危険として見るようになり警戒するかもしれません。その結果、有望だと読んだ攻撃があっても間違える可能性を恐れて却下して安全そうな手を選ぶようになります。
この選択には短期的には合理的でもあります。慣れた型を選べば大きな失敗を減らせる事は多そうです。しかしそれを繰り返すと、計算を必要とする局面や攻撃と反撃が入り交じる複雑な局面を経験する機会も減ります。
チェスの棋力は計算方法を知るだけでなく、実戦で候補手を作って読み、自分の判断を下し、対局後に結果を検証することで鍛えられます。複雑な局面を避け続けると、この一連の行動の腕がにぶる可能性があります。
さらに、「自分ではこの攻撃が成立すると思うけど失敗が怖いから指さない」という選択を繰り返せば、自分の発想を実戦で試す機会も減ります。これが掲示板の投稿者のいう「自分の計算を信じる力が弱くなる」という感覚につながりそうに思えます。
つまり、この問題の中心は安全な手か危険な手かではありません。
盤面を見て安全な手を選んだのか、それともレーティングを見て安全な手を選んだのか。
両者は、棋譜上では同じ一手でも将来性や学習という面では異なる意味になるわけです。
この関連させた話の限界や注意点
もちろん全部が全部当てはまるわけではないので注意点をいくつか提示しておきます。
レーティングの数値を隠せば上達すると証明されたわけではない
私が探した中では、上達速度とレーティングの可視化を関連させて比較した実験は見つかりませんでした。
したがって、レーティングを隠せば上達が速くなるというような判断はまだできません。今回の関連話は、複数の研究で確認された心理的な仕組みを、チェスのレーティング問題に当てはめた推測を含めた話をしています。
安全な手は必ず学習を妨げる手とは限らない
チェスでは、派手な攻撃よりも安全な手が最善であることが珍しくありません。危険な手を指すこと自体が上達につながるわけではありません。
根拠のない攻撃を繰り返せば、計算をせずに面白そうな手を選ぶ癖がつく可能性もあります。複雑な局面の選択と雑なギャンブルは区別する必要があります。
レーティングは挑戦を妨げるとは限らない
レーティングの上昇が練習のモチベーションになる人もいます。停滞していた数字が少しずつ伸びれば自分の取り組みに効果があったと実感できます。また、同程度の実力者を組み合わせるという本来の実用的な役割もあります。
問題は数字そのものではなく、その数字を「参考情報」として扱うのか「失ってはいけない自分の価値」として扱うのかにあると考えたほうがよさそうです。
プレッシャーは必ず安全志向を生むとは限らない
研究では、追い詰められた人が慎重になる場合だけでなく、逆に大きなリスクを取る場合も確認されています。
例えば、失点を避けたい人は安全な手に偏るかもしれません。一方、既に大きくレーティングを落とした人は「一気に取り返したい」と無謀な攻撃を始める可能性もあります。オンラインゲームやポーカーでよくあるティルトに近い状態がそれです。
つまりレーティングへの執着が生む問題は、安全志向だけではないのです。過度な慎重さと過度な危険志向の両方を生む可能性があるのです。
初心者にそのまま当てはめない方がいい
FIDE World Cupの研究はプロ棋士を対象としていますがReddit掲示板の投稿は初心者について語っています。
初心者は、そもそも安全な手と危険な手を区別できないことがよくあります。プロのリスク選択と初心者の思う何となく怖いは同じではありません。そのため、チェスマスターが対象の研究は心理的な可能性を示す資料にはなりますが、初心者への直接的な証拠ではありません。
まとめと筆者の感想
その手は盤面を見て安全な手を選んだのか?それともレーティングを見て安全な手を選んだのか?と言うのは、この話での重要な問いかけに思います。
数字への執着で本来の力が発揮できなかったり、または楽しみを見失ったりとこだわりすぎるとあんまりよくない効果が多いなと思えます。特に、対局が始まりさえすればレーティングとか考えてもしょうがないのに、考えてもしょうがないことにとらわれて損するのもあまりうれしい事にはならなさそうに思えます。
特に実践の緊張感や気合の入り方をうまく使えば、実力の向上が普通の練習よりも大きな効果があるんじゃないか?と体感的に思うのでもったいない気がしてならないようにも思います。
自分ならどう向き合う?と考えずにはいられない話題でした。
参考文献
・Elliott, E. S. & Dweck, C. S.(1988):Goals: An Approach to Motivation and Achievement
・Carow, J. & Witzig, N. M.(2025):Time Pressure and Strategic Risk-Taking in Professional Chess
・Genakos, C. & Pagliero, M.(2012):Interim Rank, Risk Taking, and Performance in Dynamic Tournaments
・Sharpe, B. et al.(2023):Performance Breakdown Under Pressure Among Esports Competitors
・Baumeister, R. F.(1984):Choking Under Pressure: Self-Consciousness and Paradoxical Effects of Incentives on Skillful Performance
論文検索AIのConsensusを使って日本語化されたものを読みました。もし、意図せず原文と解釈等の差が出た場合は申し訳ありません。

