公平な対戦より、やめたくならない対戦?ゲームのマッチングが目指す研究
オンラインゲームで負けが続いたとき、「次こそは勝ちたい」と思ってもう一度遊んだ経験はないでしょうか?
逆に、勝ったことで満足してその日はゲームを終えた経験もありませんか?
ではゲームの運営側があなたの行動を分析し「この人は負けたらもう一度遊ぶ」「この人は勝つと満足してやめる」と予測できていたとしたらどうでしょう。
あなたがゲームを続けるように、次の対戦相手を少し強くしたり、弱くしたりすることも考えられますよね。
それは本当に可能かどうか。
実はオンラインチェスの膨大な対局記録を使って、まさにこのような問題を研究した論文があるのです。
今日はそんな話をしたいと思います。
勝ったらやめる人と、負けたらやめる人
2024年にオンライン公開されて、2025年の学術誌『Management Science』に掲載された「Behavioral Market Design for Online Gaming Platforms」という研究があります。
研究者たちはオンラインチェスサイトChess.comの2017年の記録から、約2万1000人による約5000万局を分析しました。
研究で注目したのはチェスの上手さではありません。
一局が終わった後、そのプレイヤーが次の対局を始めたか、それともゲームをやめたかという行動に注目しました。
研究では連続して遊んだ対局を一つのまとまりとして扱い、勝敗とゲームをやめるタイミングの関係を調べたとの事。
その結果、一定の基準で分類したプレイヤーの約8割の79%に勝敗とやめ時を結びつける明確な傾向が見つかったのです。
そのうち約30%は、勝った後にやめやすい「win-stopper」、約70%は負けた後にやめやすい「loss-stopper」でした。
さらに翌2018年の記録と比較すると、76.4%のプレイヤーが前年と同じ分類になりました。
これは、人間の行動がすべて決まりきっているという意味ではありません。しかし、何度も繰り返される選択には、本人も意識していないような一定の傾向が存在する可能性を示しています。
そして研究者たちは、ここからさらに踏み込みました。
やめ時が分かれば、ゲームを続けさせることも可能?
チェスのオンライン対人戦は、基本的に実力が近い相手と対戦するようにマッチングされます。
ところが、ゲームを長く続けてもらうことだけを目的にするなら、実力が近い人同士を対戦させることが最善とは限らないと思いませんか?
例えば勝ったところで満足してやめる人なら、少し強い相手と対戦させて勝率を下げる方が長く遊ぶ可能性があります。
一方、負けるとやめる人なら、少し弱い相手と対戦させた方が長く遊ぶかもしれない。
研究者たちは、この考え方を数理モデルで検証したのです。
その結果、勝った後にやめやすい人の勝率を50%から45%に下げると、平均プレー回数は約3.75%増加すると試算されました。反対に、負けた後にやめやすい人の勝率を50%から65%に上げると、平均プレー回数は7.5%以上増加するという予測が得られました。
注意したいのは、これが実際にプレイヤーの対戦相手を変更した実験ではなく、過去のデータから構築したモデルによる試算という予測だということです。もちろんChess.comがこの方法を実際に採用したというわけでもありません。
それでも、「公平に戦わせること」と「長く遊んでもらうこと」が必ずしも一致しないという指摘は興味深いとおもいませんか。
ゲームをやめさせないマッチングは実際に研究されている
このような研究は、チェスに限った話ではないです。
2017年には、Electronic Arts(EA)の研究者らが参加したチームが、EOMM(Engagement Optimized Matchmaking)という仕組みを発表しています。
これは、プレイヤー同士の実力差だけでなく、誰と対戦するとゲームから離脱しやすくなるかを予測して、マッチングを最適化する考え方です。
研究にはEA製ゲームの約3690万試合、約168万人分の記録が利用された。勝敗の履歴によって離脱の危険性が異なることを調べ、その情報を使ったマッチング方式を提案したのです。
実データを基にしたシミュレーションでは、従来の方式よりプレイヤーの継続を促せるという結果が得られました。ただし、これもマッチングを実際に変更した効果を証明したものではありません。
一方、2024年にはNetEaseの研究チームが別の仕組みを発表しています。
こちらは複数人がチームを組んで対戦するゲームを対象とし、プレイヤーの行動や対戦中の役割などから継続を予測し、それをマッチングに反映させる方法です。
注目したいのは実際のオンラインゲーム2作品で、2週間のテストが行われていることですね。
報告された結果では比較した方式のうち次点のものに対し、同じテスト条件下での対戦総数がそれぞれ約1.64%、約7.19%増えていました。
チェスの研究ではモデル上の可能性だったものが、別のゲーム環境では実際のサービスで検証されているのです。
もちろん、どのゲームでも同じ効果が出るとは限りません。それでも、プレイヤーが何を求めているかを推定し、次の体験を設計する技術は単なる空想ではなくなっています。
選択肢を変えるだけで人の行動は変わる
この話はゲームだけの問題ではありません。
2017年、学術誌に掲載された別の研究では、350万人以上に届くオンライン広告の実地実験が行われました。
研究者たちは、人の外向性や新しい経験への開放性といった心理的特性に合わせて広告の訴求内容を変更しました。
すると、心理特性に合った広告は合っていない広告や個別化していない広告と比較して、条件によってはクリックが最大40%、購入が最大50%増加したと報告されました。
広告を見た人が突然別人になったわけではありません。
その人が反応しやすい働きかけを選んだことで、行動する確率が変化したのです。
チェスのマッチング研究とは方法も目的も異なるわけですが、共通するのは「すべての人に同じ働きかけをする必要はない」という考え方です。
ゲームでは次に対戦する相手、広告では提示する言葉や画像。利用者自身が選んだように見える行動も、その前に提示された環境によって変化し得るのですね。
誰のために行動を誘導するのか
広告を見せる技術と聞くと非常に印象が悪いですが、もちろんこうした技術が悪いものとは限りません。
例えば教育であれば、失敗すると意欲を失いやすい生徒には達成しやすい課題を用意し、成功すると満足してしまう生徒には新しい挑戦を用意する、といった応用も考えられます。
同じ課題を全員に与えるより、学習を続けやすくなる可能性がありますよね。
一方で、利用者の利益と運営側の利益が一致しない場合もあります。
ゲームの運営にとって、プレイヤーが長く遊ぶことは望ましいかもしれない。しかし、利用者本人は翌日の仕事のために早く寝た方がよいかもしれない。
さらに、オンラインサービスでは、利用者にとって望ましくない選択へ誘導するデザインも問題となっています。
2019年の「Dark Patterns at Scale」という研究では、約1万1000のショッピングサイトを調査し、1254サイトで合計1818件の利用者の判断を不当に誘導し得るデザインが発見されたそうです。
これは、先ほどのマッチング技術がそのまま不当な誘導であるという意味ではありませんが、行動を変えられる技術が、利用者の利益のためだけに使われるとは限らないことを考える材料にはなるのではないでしょうか。
ここで一つ、興味深い問題があります。
例えばチェスでは、相手を少し弱くして一人の勝率を上げれば、その対戦相手は負ける確率が高くなります。
あるプレイヤーを長く遊ばせる工夫が、別のプレイヤーの体験を悪化させる可能性もあるわけです。
利用者全員が長く遊ぶことを目指すのか、一人ひとりが満足して終えられることを目指すのか。人数が多ければそのあたりは何とかなるかもですが、それによって望ましいマッチングは変わってくるかもしれません。
自分で選んだつもりの「もう一回」
私たちは普段、自分の意思でゲームを始め、自分の意思でやめていると思っています。
実際、最後に「もう一回」を選ぶのはプレイヤー自身です。
しかし、その選択をする直前の状況を、別の誰かが設計している可能性があるという事。
自分が負けたときに続けたくなる人間だと知られていれば、勝率を少し下げることで「もう一回」を引き出せるかもしれないし、勝つことが次の挑戦への意欲になる人なら勝ちやすい状況を用意することも考えられます。
人間の意思を完全に操る必要などありません。何千、何万という人々の選択する確率を少し変えるだけでも、サービス全体では大きな違いになるのです。
そして、その変化に本人が気づくとは限らない。実際レーティング100差くらいなら数回くらいなら特に何も思わず対戦します。
問われるのは、こうした技術が存在すること自体ではなく、誰が、何のために、その人の次の選択を変えようとしているのかということなのかもしれないですね。
参考文献
・Behavioral Market Design for Online Gaming Platforms
・An Engagement Optimized Matchmaking Framework
・Psychological targeting as an effective approach to digital mass persuasion
・Dark Patterns at Scale: Findings from a Crawl of 11K Shopping Websites

